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「95」

人によって、興味があったりなかったりすることは本当に面白いもんだ。例えばぼくは仕事上、お客さんと服の仕様について打ち合わせをしたりすることが多いが、そこに拘る人と全くそうでない人がいたりする。拘っていない人は反対に、そことは全く別のところに拘っていたり。

拘るとは自分自身の”納得”や”腑に落ちる”という感覚のことだと思うんだけど、ここに個性が生まれ、物としても人としても信頼が生まれるんだろう。でも、ただ拘っていれば良いかといえばそうではないだろうし、そもそも、その納得置が低かったりすることもある。

じゃあ、その拘りとは何時頃から形成されていくんだろうか?また、環境なのか、持って生まれた本能なのか?その辺りが結構賛否両論あるところだと思うのだ。

ぼくの場合は、持って生まれた気質としては、性格的には大雑把であるが、変な几帳面さがあった。例えば小さい頃、ハイソックスを履いていてそれが下がってくるのが物凄い嫌だったし、シャツやなんかはズボンにインさせてないと気持ちが悪かった。これ自体、知らないうちに形成されていて、ぼく以外の兄弟はそんなことは全く気にしてない。そこをみると、環境ではなく、気質なんだなと思う。反対に活発な性格は、元気な男三人兄弟の末っ子であったとか、サッカーをやっていたとか、そんな環境の部分で形成されたと思う。現に、今はスポーツとかもやっていないし、離婚経験があることで少し静かというか穏やかになった気もしているから、環境で左右されているとぼく自身は理解している。

自分自身が気質的に変なところに拘ったりするという理由を、現在は自分自身で解剖中なんだけど、いろんな納得置を把握していくことで、少しずつ見えてきている気がする。なんでそこに拘るのか?なんでこれでは納得できないのか?そんな問いを自分に何度も課すことが、自分の拘りの理由を知る最大の近道であると思う。

人によって拘りが違うというのは、その人の人生感を表してる気がして面白い。

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