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「89」

モノやコトに対して「なんとなく好き」という感情があると思うけど、その感情は実は結構重要な要素の一つだと思うのだ。ロジカルな人や、結論を急ぐ人からしたら、この”なんとなく”って言葉は結構やっかいな言葉かもしれないけれど、「なんだか分からないけど、なんとなく好きなんだよね」というのは、言葉こそぼんやりしているが、まだ見えていない本質だと思うのだ。

”好き”の対象が人であろうがモノであろうがどちらでもいいけど、その”なんとなく好き”を深く掘り探っていくと、やがて理由に届くのだ。 ちょっと前に書いたけど、ぼくの人生の中で「好きの先はつながっていた」というのも実は、このなんとなくの集合体からきていると思う。

なんとなくこのデザイナーの服が好き。なんとなくこのお店が好き。なんとなくこのホームページが好き。なんとなくこの絵やアートが好き。というモノを、一つずつ理由を辿って行ったら、その対象のモノや人は、数珠つなぎのように、横並びで関係を持っていたのだった。

最近の出来事で分かりやすく言うと、先日、美術館へ画家「モネ」の絵画を観に行ってきた。モネの「アヴェルの門」や「チェリングクロス橋」の絵が好きで、興味があったから観に行った展覧会だった。その展覧会では、モネに影響を受けている芸術家の作品も展示してあった。その作品の中に、以前全く別の関係ない所で観た「マーク・ロスコ」の絵画も飾ってあって、このマークロスコ、当時観た瞬間からなんとなく好きだったのだ。(もちろんモネの影響だからという理由だけではないが)

つまり、マークロスコを観た瞬間に”なんとなく好き”となった経緯は、ぼくはもともとモネの絵が好きだったからで、それを掘り探ったら、マークロスコはモネから影響を受けていたという点にあった。こうやって少しずつ”なんとなく好き”の理由が明確になっていき、どんどん繋がっていく。

”なんとなく好き”と思った時点で、まだ明確ではないけれど、そのモノや人の本質的な部分を、目や耳や肌などの五感で感じ取っていたというコトだ。こうやって自然と、自分でも気づかないウチに、五感を使って感じ取っているんだから、人間とは不思議なモノであなどれない。

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