top of page

「72」

なぜだか海外から、このサイトへのアクセスが増えてきているのをみると、海外に住んでて、なおかつ日本語が分かる人がこのブログを読んでいることが分かる。ある親友が「どこからでも世界は見える」と、”最も今”の気分を捉えた言葉を残したんだけど、本当にそう感じるのだ。いわゆるインターネットの普及を表す言葉だ。

世界標準というと、聞こえは大きいかもしれないが、まだ新しいビジネスがスタートしたわけじゃないのに、なんとなくぼくの視野はぼんやりとそこにあるように思っている。せっかく世界とつながっているんだから、昔みたいに「日本で有名になってから海外が待っている」ということだけではない気もしている。さらに、”日本の地方”からでも、”日本の遠い田舎”からでも、はじめっから世界を目指すこともできると思っている。

かといって、ぼくがやらないといけないことは、日本押しばかりすることでもなければ、日本の地方押しすることもなさそうで、”ぼくたちだからできること”をただ純粋に、真っ当に、やっていくことだと思っているのだ。だから世界標準で考えていようが、日本向けに考えていようが、どちらでもいいと思っているが、ただたまたまぼくがやろうとしていることは、「これって世界に発信していってもいいよね?」と思えることだったから、そう感じているということだ。

だけどやはり東京は外せないなと思っている。最近東京と地元を行ったり来たりしてたけど、”東京”という場所は感度も高く、人も物もどちらも流入量がすごく多いと感じた。流入が多い→情報が多い→感度が高いというような成り立ちでできている。だからこそ、そこへ発信することは必然的であると思うのだ。ある種”日本の海外”という感じだろうか。

ともかく、間違いないことをずっと続けていれば、たどり着くところが海外でも日本でも、どちらにでも転がる可能性があるということだと思う。どういう理由でこのブログをやろうとか、目指すべきところはここだとか、いろんな決め事やゴールを決めずにやってきているけれど、自然と固まりつつあって、それは一見遠回りのようだったけど、実はすごく近道だったんだなと、ブログを通して感じたのだ。純粋に思ったことや感じたことを発信していくということが、”ここの本質”だろうな。

こんな”小さなブログ”でも、海外からアクセスがあるということは、今後また違った観点で捉えることが出来そうで面白い。

関連記事

すべて表示

づけづけと遠慮がない。

ウチの会社に来ている中国人実習生の一人が、今年の9月に3年の期間を終えて帰ることになる。みんな日本に来て数百万も貯めて帰る間際に母国に送金をする。とても感心するし立派だ。 というわけで送金したいという一人を連れて名古屋にある中国銀行の支店へと行った。説明はいらないと思うが中国銀行というのは、日本の中国地方の銀行ではなく、中国国内にある銀行で、その日本支店が日本国内に数店ある。名古屋はその内の一つだ

Sundayから始まる感覚

海外の習慣?文化?感覚?は、日本の感覚とは違うらしい。 と、ずいぶん前に何かで目にした。(海外と言ってもどこかすら忘れた) それは何かっていうと、日曜日が週の始まりだということ。 英語の曜日を覚える歌でも必ずSunday Monday Tuesdayという順番になっている。そういう意味だったのかと、この歳になって気づいたんだけど。 対して日本では日曜日を週末というくらいだから、週の最後だと捉えてい

Comments


bottom of page