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「64」

人が見ていないところで、地道にコツコツと、いつか日の当たる場所を想像して、黙々と次のやりたいことを進めている。まだどこかよこしまな考えがあって、そういう人がカッコイイと思うからで。。それはそうと、過去を振り返ってみると、活発で陽気な自分と、結構ネクラなぼくの両方がぼくの中にいる。どっちが本来の自分なんだろうと考えてみたことは今まで何度もあるが、いつも考えれば考えるほどブレるだけで、迷走してしまうから、最近はずっと考えていなかった。そんなことを久しぶりに考えてみた。

活発なぼくは、”生まれたところ”によってすでに成立していた。男三人兄弟の末っ子であるから、上から可愛がられ、両親にも祖父母にも可愛がられていたから、結構なにをやっても怒られることがなかった。次男の兄がそれをひがむようにぼくに怒っていたくらいだ。しかし次男がぼくに怒ると、長男が次男を叱る。この関係性で成り立ってい他のがウチの兄弟だ。怒られないから好きにやる。それが”生まれ”から来る活発なぼくだ。

一方ネクラなぼくはというと、小学校の時に好きな子がいた。そのことを唯一、仲の良かった友達に話したら、翌日にはその事実を他の奴らが知ってしまっていたということがあった。それ以来ぼくは、自分の心の内を人に話すことは結構少なくなった。他にも理由は思い当たるが、ここでは割愛しておくいて、それが環境から来るぼくのネクラさだ。

最近の傾向はネクラさがまるで上回っている。SNSとかをやっていないのもそのネクラさのせいだろう。いや、これはもしかしたら世間でいう所の少し”落ち着いた”ということなんだろうか。だけど気持ちは全然落ち着いていない。企画してるものがスタートした時には全く逆転する気がしている。それはそれでいいと今では思う。人は皆二面性が合って当然だし、人を一面だけで計ることは出来ないだろうと感じるからだ。

大人になった今、言われたことがある。「君は活発でなんでも心の内を人に話してるように見えて、実はなにを考えているのかわからない」と。まさしくぼくの中に同居する活発さとネクラさを言い当てられた。これにいちいち迷走する必要もないが、良くも悪くも、どちらも自分自身なのだから、ブレるブレないではなく、共存させてバランスをとっていくしかないということだろう。

いまこうして改めて考えてみると、なぜこんなことでいちいち悩んでたんだろうかと。当時の自分って、すごくちっぽけに見えるもんだな。

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