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「52」

お婆ちゃんの兄弟が介護施設に入っているということで、爺ちゃん婆ちゃんと一緒に施設を訪ねた。岐阜の岩佐(いわさ)というところにいるから”岩佐のおじさん”という愛称でぼくら家族の中では呼ばれているおじさんだ。

年は91歳で数えの92歳のおじさんで、昔から喋るのが大好きで、いろんな昔話を聞かせてくれたものだ。自分の息子が警察官ということにものすごい誇りを持っていてそれをものすごく嬉しげに話してくれた。そんな岩佐のおじさんも当時は、80歳前後だったと思われるる。会うたびに同じ話を何度も何度も話してくれたり、体も縦にも横にも大きく、ドシッと食卓に構えていたのが印象的だ。うちの母親のことをものすごく可愛がっていて、溺愛していたのも懐かしい。

今回久しぶりに会ったが随分痩せていた。当時と変わらず話すのが好きなところはいまも変わっていなかったが、その声は弱々しく、自分で立って歩くこともできないまでに弱ってしまっていた。”最後に会えた”というのが正直な印象だった。

そんなおじさんはぼくらが来た時からずーっと泣いていた。「お前さんらがきてくれて本当に嬉しい、まさか来てくれるなんて夢にも思わんかった」そう何度も何度も言って泣いていた。あれほど体格もよく心持ちも何から何まで全て”大柄”な岩佐のおじさんが、ここまで弱々しくなるものなんだと。

「母親がいない分、まさき、お前さんが一緒に仕事してるお父さんを見ていってあげて欲しい。お前さんがお母さん代わりになってあげて欲しい」と。そう耳元で言われた。岩佐のおじさんも奥さんに先立たれ、その辛さを知っていた分、そう言った言葉が出て来たのだろう。

岩佐のおじさんは今、迎えを間近にして、一体何を想い、何を感じていたんだろうか。それを聞こうと思ったが少し勇気が出なかった。勇気が出なかったというか、聞いたとしてもぼくにはわからない気がした。

施設を後にする時の、窓際の車椅子で座る岩佐のおじさんの横顔が、それはもう寂しげで言葉にならなかった。だけどどこか寂しげだったけど喜ばしい表情もしていたと思う。そのどちらともつかない表情もまた印象的だった。

こういった”施設”とかは「最後の園」の様な気がして、どうしてもぼくはあの空気感が苦手だ。でも、岩佐のおじさんの、優しい笑顔を見れただけで、わざわざ会いに行って良かった1日だった。

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