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「36」

ものづくりをしていて、ふと気づいたことがある。”こだわる”ということについて。

今の世の中、「職人」とか「手作りのぬくもり」とか、様々な代名詞を使った製品が世に多く出てきている。もちろんどちらもぼくは好きだ。”現場”や”工場”の人間であるから特にそうした人達に対して尊敬を抱いている。しかしなんとなく、その素晴らしい代名詞をあまりにも簡単に使いすぎていると思うのだ。

それらの代名詞をまとめた”こだわる”という動詞について思ったこととは、「こだわることが良さそうだからこだわってみた」的なものは本当のこだわりではなく、「一つのアイデアを形にするために、必要不可欠なこだわりを施す」こちらが本当のこだわりだと思うのだ。

要するに、こだわるという言葉が先走っているものが非常に多く見受けられるし、こだわりの重要度が軽くなっている気がしているのだ。こだわる理由というモノが、とても軽くなっているということだ。

ぼくは今、一つのモノを作っている段階で、途中で気づいたのだが、それまで無駄なこだわりをしていたということだ。一つの目標に進む中でいつしか本質を見失ってしまっていて、気づいたときには、こだわらなくてもいいことにこだわってしまっていた。ある種どこかこだわっていれば「素晴らしいだろ」と、必要のない自信を付けてしまっていた。

「本質=本来こだわるべき重要なこと(そのモノの本当の意味)」なので、そこがぶれていなければ全然いい。そのモノを作る過程の中で職人さんの手が必要であれば職人さんにお願いするし、手作りのぬくもりが必要だったらハンドメイドで作る。そこを間違えてはいけないなと気がついたのだ。

職人や手作りのハンドメイド、どちらもとっても好きなものだけど、決してその本質を忘れてはいけないし、”なぜそうするのか?”と、ものを作る上では常に意識していかないといけないなと。

どうかそんな素晴らしい言葉や”こだわる”という代名詞が勝手に一人歩きしないことを願っている。

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