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「577」ちょっとずつ

こんなことは誰でもわかってることだけど、ちょっとずつやれば、ちょっとずつ出来上がっていくもんだなと、ハッキリと知るこの頃。

昨日のぼくと今日のぼくも実はちょっとずつ違って、細胞も生まれ変わって実は違う人間になっている。それは好きな解剖学者の養老先生も言っているから間違いないこと。

そうやって時間が経過して、振り返ったら高校生の時からもう20年経ってて、小学生になったばかりの時からそろそろ30年になってしまう。 こないだまで居たおじいちゃんももう居ないし、9年前まで居たお母さんも居ない。

そうやってどんどん変わっていくし、あと5年でもう40歳だなんて、未だに全く信じられないが、多分一瞬でその時がくる。そして次は50、60と。

ほんのちょっとが積み重なるとものができるし、年齢も重ねていくし、過去も重なっていく。このちょっとをなめちゃいけないと、35歳になってつくづく思う。もっと早く気づいてたら、また違った人生になっていたかもしれないな。

そう思うということは、じゃあ気づいたからにはこうやって生きよう。と、決めるしかない。決断とは改めて考えると上手い漢字で出来ていて、断つことを決めると書く。(漢字を考えた人にはつくづく感心する。すばらしい。)

この数年でいろんなことを断った。タバコ、社会との距離とか色々。 これからの自分はどう生きるか、それをちょっとずつ考えて、こうしないと本当に納得できる人生にならないんじゃないかという恐怖からいろんなことを断つことにした。

そうやってちょっとずつ積み重ねてきた事も、ようやく動き出しそうで、やっぱりちょっとずつでもいいからやっていけば、いつかは出来るんだなと実感している。

これからもそんなちょっとずつを繰り返して、あと40年くらいは頑張って生きていきたい。でもたぶん40年経った時も、今と同じように80年なんて一瞬だったなあと振り返るんだろうな。

どちらにしても結局そう感じるなら、ちょっとずつでもいいからちゃんと決断していきたい。

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