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「571」おじいちゃんが死んだ

12日の午前3時45分頃、おじいちゃんが死んだ。 病気を患っていたのは確かだけど、最終的には腎不全といういわゆる老衰でこの世を去った。86歳だったから、もう少し生きても良かったと思われるが、おじいちゃんは昔気質の人で、典型的に病院が大っ嫌いなこともあり、病気になっているにも関わらずおばあちゃんにはもちろん、他の家族にも何も言わなかったのだ。

病名は癌だった。ちょうど去年のGW位に兄貴に北海道旅行に連れて行ってもらったけど、その時はゆっくりながらも結構歩いていたし、体もまだ多少の恰幅の良さが残っていた。それが元気なおじいちゃんの最後だったかな。それから1年後の今年の初夏にはステージ4くらいの末期癌になっていて、すでに体はボロボロだった。7月頃には食もかなり細くなり、徐々に体も痩せ細っていって、8月に入るころなんて歩くことも出来なかった。

8月から介護病棟に入院して、8月末頃には、もって1ヶ月と余命宣告を受け、そして9月12日に息を引き取った。

幸せなことに、最後は家の中で、家族に見守られる中で息を引き取った。眠るように死んでいった。

何よりも最後の自宅介護がかなり過酷だった。男手4人+おばあちゃんがいてもかなり体力を消耗した。寝たきりの割りに結構手足が動くし、介護ベッドから降りようとしたり、トイレにいけない状態なのに、何度も何度もトイレに行こうとしたりと、もう最初の頃は全く目が離せなかった。何かあった時ように呼び出しベルを設置していた為、夜中でも関係なくベルが鳴り、見に行くとウンチを漏らしていたり、寝れなかったりだとかで容赦無く起こされる日々。

これはまずいと言うことで家族でシフトを組んで日中は誰と誰が診て、夜中は誰がそばにいるのか。家族それぞれが自分の時間と体力を削った。今回の自宅介護で一番過酷だった最初の1週間が過ぎ、2週間目に入る頃には僕らはかなり疲れ果てていて、もう病院に戻そうかとさえ家族内で会議した。

最後は自宅で、というみんなの思いとは裏腹にかなり疲れたのは確かだったけど、2週間目に入るころおじいちゃんも元気がさらになくなっていて、1週間目に比べて介護も楽になってきたのは確かだった。最後の最後に、病院に戻さない方がいいんじゃないか、と兄貴が意見し、そうみんなで決断をしたことこそが、今回の幸せな死に方繋がったと思う。そう決めてから4日後に息を引き取ったからだ。後になって病院に戻してしまって放っておくより断然その方が良かった。 ちょうど余命宣告から3週間後だった。

寂しさや悲しさはもちろんあるが、これだけ苦労すると、自然とホッとしたという思いの方が正直強いのは確かだ。それに、どんどん弱っていくところを目の当たりにしている分「おじいちゃんはもうすぐ死ぬ」ということを嫌でも少しずつ受け入れていかなくてはいけない。急に逝くとは全く訳が違う。

生きているうちにこれをしたかったとか、あれを言っておけば良かったとかもほとんど無い。

おばあちゃんと連れ添ってから65年近くらしく、おばあちゃん無しでは生きていけない人だった。食事の時も自分では一切動かず、おいご飯、おい酒、おい〇〇と、何かにつけて全ておばあちゃんにやらせる。そんな物凄い亭主関白な人だった。おばあちゃんがいなければ洗濯だって食事だって旅行だって行けないような人だったからこそ、おばあちゃんより先に逝けたこと、おばあちゃんが最後まで看取ったこと、そして息子と孫3人が全員で介護したこと。この辺りを考えると最近の老人の孤独死と全く逆で、幸せ死というか豊死というか。

ぼくの母親は突然死で、それは病院の医療ミスということもありかなり死際が納得出来なくて、正直不幸を感じた死に方だった。どれだけ泣いてもわめいても何も出来ない。いくら病院に怒ったとしても何も変わらないしどうすることも出来ないような、受け入れられない死に方だった。

そうやって死ぬことで怒りや悲しみや不幸を感じることもあるが、今回のおじいちゃんの死は、本当にほとんど泣けなかったし、一切うつ向いてない。むしろ前を向いてすぐに自分のことを考えている。

どう死にたいか、どう生きたいか、改めて考えさせらるここ数週間だった。 死ぬことは怖く無い。少しだけそう思えた、おじいちゃんの死だった。

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