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「544」どう生きるか

年が明けてから、もう4日も経つ。この調子じゃあっという間に2021年になりそうだと思いながら早速、仕事も準備運動程度に始まった。

特にどこか出かけることはなく、誰かと連絡を取り合うこともほとんどなく、年の瀬は相変わらずの人と映画を観に行った。他には家族が集まって食事して、それくらいな年末年始だった。今までだったらどこか出かけて、誰かとお酒飲んでってことをしてたけど、なんだかずっとそういう気分がない。遊びたいとか騒ぎたいとか人に会いたいとか、そういうことをほとんど思えなかった。年末年始にしても去年にしても。

実は昔から、一人になりたいって強く思う瞬間が何度もあった。何度も何度も、全く人に会わず、干渉されず、こちらも干渉せず、連絡も誰とも取りたくないって思うことが何度も何度もあったと思う。

ただ自分だけの時間を一思いに過ごしたいと。そう思ったことが何度もある。 例えばクリスマスや忘年会とか年末年始。楽しそうにみんなが集まってるあの感じをなんとか避けて一人になれないかなって思うことが多々あった。

もちろん、その場に行ってしまえば結局楽しむことはできるんだけど、でも行くまでのあの道中がとても億劫で、やっぱやめておこうかなって何度も何度も思ったりしていた。それでも気持ちを堪えて行って、結局楽しんで帰ってきた。そういうことがこれまでずっとあった。

なんでそう思っていたのか、この年末年始の間に頭の隅っこで考えていたけど、やっぱり自分が何者にもなっていない劣等感からそういった気持ちがきていたと思う。何者にもなっていないのに遊んでて本当にいいんだろうか?周りが遊んでるから自分も遊ぶって、ちょっと違うんじゃないか。なんかそう思ってる自分に後ろめたさをずっと感じていた。

そしてもう一つは、自分はどこかのグループの中に属する的なことがやっぱりできない。個として自立している人に憧れる。そうやって思ってるなら、じゃあもっととことんそうしなきゃいけない。

とにかく自分の意思で、自分の人生を決めていかなきゃいけない。そうしないと、自分の短い人生なんて一瞬で終わってしまう。とにかくそう思う。

年始に家族が集まって、お昼からお酒を飲んで、夕方には出来上がってしまい、夜7時頃にコロッと眠ってしまった。寝た時間も定かじゃない。パッと目が覚めたら夜12時頃で、その5時間くらい全く意識がなかった事にゾッとした。死ぬって、こうやって全く意識がなくなる事をいうんだと、ハッとさせられた。この現実に二度と戻って来れなくなる。この体での記憶やらなんやらが全てが「無」になってしまう事だ。喜怒哀楽も美味いも痛いも冷たいも硬いも何もかも全て、無くなってしまう事だと。

数年前、手術をした時のあの感覚。手術台に横になり、腰に麻酔を打たれて1分程で眠ってしまい、それから起きるまでの9時間全く意識がなかった事を思い出した。目が覚めたあの時と全く同じ感覚で「まだ生きたい」と心底思った。

どう生きるか。全てはそれだけだと。 ぼくが服を作ろうが絵を描こうが料理をしようが旅に出ようが、そもそも何しようが勝手で、最も重要なのは、ぼくがぼくの人生をどう生きるかだけ。 それ以外何もない。

そういうことだ。この日記だって、本当は意味がないことなのだ。

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