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「543」明朝体とゴシック体

ブログの記事やタイトルのフォントを、明朝体からゴシック体に変更した。 ちょっとした理由で、今後は、ぼく自体がゴシック体を基調として使っていこうと思っている。ちょっとしたというか、結構大胆なチェンジだ。

元々、明朝体を好んで使っていたせいか、正直まだゴシックの感じに目も心も慣れていないのは確かだ。 お客さんとやり取りするPCのメールは全て明朝体に統一していて、書類を作ったり、文章を書いたりする時も、文字という文字は全て、明朝体に統一していた。

そもそも、なんで明朝体を使っていたのか考えてみると、明朝体は基本的にキリッとしている。なよなよしていない、清く正しいシュッとしたイメージがある。だからこそ言葉に安心感が生まれ、文字のその綺麗さに、性格や容姿さえも綺麗だと思わせてしまう力だってあると思う。 現に、新規のお客さんからの問い合わせに対しては(勝手に)すごく効果的だと思っていて、この工場は丁寧で几帳面で、安心して仕事を依頼できる工場だ。という認識を持ってもらい易いはずだ。 どこか権威もあり、古くからやってます感も出ているし、ぼくとしてはなんとなくそういったイメージを好んでずっと使っていた。(それは、ひょっとしたらぼくに無かったものかもしれないと今では思う。)

しかし今回、それをガラッとチェンジした。全てゴシック体にした。本当の理由は置いといて、どうやらぼくのイメージってどっちかっていうとゴシック体の方が合ってる。らしい。周りから見たらぼくはゴシック体のようだ。

ゴシック体の、コロッとしたちょっと優しい感じや、横幅が広くてポッテリした感じは、丸みがあってどこか触れやすさを感じる。人間的に穏やかで、規律とか体制とかってより、まるで世の中が千差万別であることをしっかり理解しているかのような。という考えも出来るし、1マス(1文字)ずつの地の、四隅のスペースをいっぱいまで使って絵を描いているこのフォントは、余白を埋めようとする現代的な考え方に近いとも言える。らしい。

明朝体は、絵(文字)があることによってスペース(地)が生まれ、反対にゴシック体は、スペースがあるから絵がかける。まるで逆の発想からなるこの2つのフォントが、日本では一番ベターなフォントとして用いられている。

確かに想像してみると、明朝体って墨で文字をかく筆書きが起源のようで、その時代を考えてみると、現代のようにA4やB5とか、紙の規格なんて決まってなかった時代なんじゃないかな。だからこそ、文字を書くことで背景が初めて存在する。 反対にゴシックは黄金比とか白銀比や、さっき言ったA4などの、背景がすでに完成している時代で、その中で生まれてきたフォントなんだろう。歴史的背景から考えると分かりやすい気がする。あくまでも勝手な想像だけど。

つまり明朝体の方が歴史的背景は古く、ゴシックの方がモダン。とはいえどちらも現在では歴史的にしっかりと歳月を踏んできたフォントだから、人々の印象をそれなりに獲得してきている。どっちが良いとか悪いとかではなく、ぼくがリアルに喋ってるっぽいフォントが一番、ぼくにとっとは良いと思っただけだ。

ただ、今までずっと贔屓にしてきた明朝体を捨ててしまうのもちょっと惜しいと思いつつ、でも固執するのはちょっと違うと思うから、今回は良いチャンスだと思ってガラッと変えてみた。

来年から、今までの色々が”ガラッ”と変わるから、その一発目としては、ちょうど良い変化だったかな。

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