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「538」10数年前の思い出

元々お腹が弱かったから、小中学生の時なんて、テストがあると緊張してお腹がギューっとなっていた。それくらいお腹が弱いから、毎年この時期になると腹巻をするようにしている。と言っても去年とか一昨年くらいからか。だから毎年じゃないな。

それが先日、腹巻をし忘れて寝てしまったせいか、極度の腹痛に襲われた。一日中お腹がグルグルなって、それが二日間くらい続いてしまいかなりゲッソリした。食欲もあまりなく、夜は10時前には寝ていた。そういう精神状態で、おぼろげながらふと思い出していたことが2、3ある。

その1つは、約10年前の自分と今の自分を比べてみて、圧倒的な価値観の違いについてだ。20前半で、ただなんとなく生きていたと思う当時。お笑い芸人とかやってたけど、最愛の相方を裏切り、それからは目的もなく、頑張ってる風な毎日を、ただなんとなく過ごしていた。世の中で起ってることだけにしか目がいってなかったとしか言いようがない。

上京して最初の住んだのは、五反田駅から徒歩10分ほどで、高輪台駅という高級住宅地白金高輪の近くだ。メゾン光風といういかにも古い物件で、一緒に上京した最愛の相方(親友)と住んでいた。奴はその物件の間取りを鉄アレイ式といつも言っていたのと、隣のおっさんの屁が聞こえる。と周りに言っていたのを思い出す。

上京する当時のぼくは結婚していて、あることがあって嫌になり、もう地元にいたくなくなったから相方を誘って一緒に上京してもらった。物件を決めた事とか、上京するに至っての行動は、自分一人では出来なかったと思う。 現に物件をどんな流れで決めたとか思い出しても覚えていないくらい、自分では何も動いていなかったんだなと思う。それくらい他人任せだった。それからいろんなことを経て、そのうちに、自分が女遊びや夜遊びに走り、相方は愛想尽かせて出ていった。そして正式に離婚もした。いつ頃離婚したのか、時期さえ忘れた。

それから少しして二人分の高い家賃がキツくなり、下目黒4町目のワイエーハイム目黒へと引っ越した。駅から徒歩15分強で、近所には確かHYDE?の豪邸があったが、一度も本人を見たことはない。SPらしき奴らは何度か見た。下目黒は下町っぽくて、目黒さんま祭りとか、権之助坂とかも有名だ。確か元競馬場というバス停の駅から近買った。祐天寺の方までチャリで飲みにいくことが結構あって、道中の油面小学校近くの居酒屋によく言っていた。そこの居酒屋の娘が年齢が近くて仲良くなり、よく飲みに繰り出してた。他にも界隈のいろんな人と知り合って仲良くさせてもらってた。 祐天寺近くに今もある?吉田バーというところで、数ヶ月タダ働きさせてもらったことがある。飯付きで。特製ジントニックの作り方とか、他にもお酒の提供の仕方とか混ぜ方など、結構細かく教えてもらったけど、残念ながら今ではあんまり覚えていない。また吉田バーへ行かないとな。

下目黒の契約も2年と満期になったから、次は友達と住むことにした。選んだ先は中延だ。戸越公園駅から徒歩5分で、戸越銀座商店街からちょっと距離はあった。一緒に住んでた友達と住み始めた当初から、近くのおかんという居酒屋が行きつけになった。おかんのお父ちゃんとお母ちゃんが、本当に自分たちを子供のように可愛がってくれて、本当に大好きだった。だけど、ある時からなかなか疎遠になってしまって、それは一緒に住んでた所に、もう一人友達が増えて、3人で住むようになってからのような気がする。この3人は、あんまり組み合わせがよくなかったように思う。中延の物件は最上階でかなり広くて2LDK。リビングが20畳くらいあって、本来管理人しかあがっちゃいけない屋上に勝手に登ったり、友達を呼びまくって部屋でパーティみたいなことしたり、毎日飲んで騒いでって感じで、あっという間にすぎた二年間だった。個人的に一番ハメを外してたように思う。ベランダも結構広くて、そこで作って食べたチーズフォンデュは抜群にうまかった。

そんな東京での約7年間をちょっとを思い出していた。自分の頭の中で当時の場所を巡ってみたり、当時の記憶を呼び起こしてみたりしたけど、結構最近のことのはずなのに物凄い昔に思えた。胸がキューっと締め付けられるような、淡いセピア色の思い出だ。

振り返ってみて別にどうこう言うことはないが、ただなんとなく、生きてるのにそこに明確な意思はなかったし、思想も哲学も垣間見れない自分がいたことは確かで、今の自分とは比べ物にならないくらい幼く、流されやすく、弱い。胸がキューっとなるのも無理はない。

はっきりと言えることは、前半のお腹が弱いって話は書く必要なかったと思うと言うこと。他にも思い出してたことがあるからまた次にでも書くとしよう。

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