top of page

「520」市役所にて

昨日、ちょっと色んな手続きの為に市役所の市民課に行ってきた。 これといって何の問題なく手続きが終えて、書類が出来上がるのを待っていた。 20分くらい待ってたんだけど、とある青年がやってきて、この青年も何やら手続きをしていた。

青年はパッと見た所10代後半かな?ぼくが見た感じでは20代ではないよなーと思ったけど。。まあそんなこと気にせず待っていたら、甲高い声で「そんなん知らんて!」と、岐阜弁丸出しの言葉で大きな声をあげる声がした。ふと目をやると、その青年だった。あの声の感じからしても、まだ声変わりしていない感じだし、やっぱ10代だよなって思ってたけど、、、「もう二十歳超えとるで大人や!親とは関係ねーから縁を切りてーんや!市役所の人やったら言われた通りに動けよ!」と、声を荒げていた。

市役所員も待ってた市民も、周りの人はみんな彼の方を見ていた。こんな場所で声を荒げるなよと言わんばかりの顔で。市役所員が数名、彼の対応をしていた。ちらほら聞こえる話の内容を整理してみると、きっと彼は病院?とか施設?的な所に入っていたらしい。きっと家庭環境に満足しておらず、親とも絶縁みたいな感じに聞いて取れた。もう大人になったから自分の籍は自分が置きたいところに置くんだ!的なことで、怒っていた様に思う。(以下、話は基本的にこれを前提として書くが)

数分後、彼の母親らしき人が現れた。彼は「お前には関係ねー!」と、ますます声を荒げる。母親が話をしても聞いていない様子だ。

この様なことが起こっているのに対して、ぼくは初めはただの傍観者だったんだけど、ふと我に返って考えてみることにした。周りにいる人は一様にその青年を見る目が冷たかった。まるで腫れ物扱いをする様に。ただもちろん彼の行儀も悪い。二十歳を超えた大人だと自分で虚勢を張って言ってた割に声を荒げて怒鳴ったり、都合のいい様に大人と子供を使い分けている。まあ社会の中に適応することが大人という概念であれば、その社会の中で何をするのかは彼も考えた方がいい様に思うが。

しかし、それって勝手な押し付けにすぎない。彼の環境が実際どういったものでどういった感情を持っているのかは知らないけど、そうさせてるのは結局大人だよな。

彼が大人かどうかはどっちでもいいし、ただ、彼にも人権や主張だってあるのは確かで当たり前だ。それが子供であろうが大人であろうが。とにかく彼は親と縁を切りたくて、住民票を変えたり親との籍を外したかったりしている様だと。ならばそれをしっかり聞いて、どうしたらいいかを提案することも役所だってできるはずだ。彼は何も知らないんだし。

要するに今回の件で、法律や憲法はぼくはよく知らないが、社会が勝手にルールを作って決めて、その主義主張や人権を、無視することはいかがなものかなと思わされた。彼が言ってることは聞いてみりゃ非常にシンプルで、とにかく関係を切りたいということ。ただそれだけ。 しかしそうはさせない社会。市役所の窓口の人も「あなたが切りたいからってそんな簡単に縁は切れなんですよ」なんて、何だか彼のことを見下してる様な言い方をしている始末だし。

(話の内容とかしっかり聞こえなかったし、市役所や社会の制度なんてそんなに知らないで書いてるけど、根本的に、複雑化させずにものすごいシンプルに考えてみて思うことだ)

そりゃあ彼の行き場のない、やり場のない怒りも分からなくもないと、ぼくは個人的に感じた。市役所という分かりやすい社会構図の中に入ってきた右も左も分からない青年。誰かが決めたルールに初めから従わなきゃいけない現実。それに対して意見はできないのも現実。従わざるを得ない。従わなけりゃ、あんたはお尋ね者だぞって言われてる感じ。

中学生や高校生の頃、学校に金髪の生徒が少なくとも1人はいたけど、その生徒を怒る先生。しかしなぜ中学生や高校生は金髪にしたらいけないのか?金髪にしてる大人で立派にやっている人なんか沢山いる。学生だからだめ?え?他に理由は?何で?根本的な理由は何なの?と、先生に問い詰めたらきっとまともな答えなんかほとんど返って来ないのと一緒で、「ルールだから」という全く空気みたいなものに虚勢されていき、挙句の果てには生徒指導室に連れて行かれる様なあの金髪の生徒たちと、この青年は非常に似ている気がする。金髪の学生なんて正直クソダサいけど、彼らはしたいからしている。怒りがあるからしているだけなんだよな。それだけ。

市役所で、あの青年のことを冷めたい目でみていた周りの大人たちに問いたいのは、じゃあ本当は何が正しいのか?ってことだ。従うだけが全てじゃない。それを優等生と呼ぶなら、それはただの軍国国家だぞ。社会という主人に飼いならされた犬にすぎない。社会やルールや法律なんかのもっと手前で、どうして彼が怒ってることの理由を聞いてあげたり理解しようとしないのかって、問いたい。かと言ってぼくもうるせーガキだなって思ったのは確かだし、何か手を差し伸べるほどのことはしないけど、大多数が思ってることだからと言って決してそれが当たり前ではない。

最近は何かと、こういった社会の中の出来事を見てると気持ち悪く感じて仕方がないのだ。世間の言う当たり前ほど怖いものはないね。

関連記事

すべて表示

づけづけと遠慮がない。

ウチの会社に来ている中国人実習生の一人が、今年の9月に3年の期間を終えて帰ることになる。みんな日本に来て数百万も貯めて帰る間際に母国に送金をする。とても感心するし立派だ。 というわけで送金したいという一人を連れて名古屋にある中国銀行の支店へと行った。説明はいらないと思うが中国銀行というのは、日本の中国地方の銀行ではなく、中国国内にある銀行で、その日本支店が日本国内に数店ある。名古屋はその内の一つだ

Sundayから始まる感覚

海外の習慣?文化?感覚?は、日本の感覚とは違うらしい。 と、ずいぶん前に何かで目にした。(海外と言ってもどこかすら忘れた) それは何かっていうと、日曜日が週の始まりだということ。 英語の曜日を覚える歌でも必ずSunday Monday Tuesdayという順番になっている。そういう意味だったのかと、この歳になって気づいたんだけど。 対して日本では日曜日を週末というくらいだから、週の最後だと捉えてい

Comments


bottom of page