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「515」映画を観て。

ちょっと前に、ホテル・ムンバイという映画を観てきた。いつもの親友がこれ絶対面白いと思うから絶対行こーぜってことで。本当信用できるやつで、本当に面白かった。 まず前提としてこの映画を観た人なら分かるけれど、無差別に人が死にまくる。決してそれに対して面白いと言ってるんじゃない。こんな真実があったこと。そしてそれを忠実に描いていること。日本では決してここまで心にグッとくるような物を見れないから、そういう意味での面白さがある。

と、まあ評論するつもりもないし出来ないからそんなことを書くつもりはなくって、映画が終わってからいつも通り片道40分弱の道を運転しながら親友と映画について話をした。

ハッキリ言って憤りや苛立ちを感じる。 そもそも考えて見ると、この地域とか国とか世界とか、こんな馬鹿げた物がこの世の中の当たり前になっていて、それによってルールが違ったりする。しかもそのルールなんてものは、結局一握りのクズな権力者や既得権益にまみれたゴミみたいなやつらによって決められたり変えられたりして。それに振り回される国民や地域住民。

そして自国と他国の食い違い(権力者たちのただの喧嘩)によって巻き込まれる一般市民や映画に出てきたようなテロの実行犯(いわゆる組織の駒)が、バカな権力者どもに好きなように使われる。

あのさ、喧嘩ならお前らがそれぞれ膝と膝を付け合わせてしっかりと話合ったり、一対一で殴り合うなりなんなりしろよ。なんの罪もない一般市民や、今回のテロの実行犯を良いように巻き込むなよな。テロを起こすことなんてそりゃ良くないことに決まっていてそんなの大前提だけど、実行してる犯人達の事情聞いてみたら、それに従うしか選択肢がなく追い込まれてる。従わなきゃ自分の家族が犠牲になる。家族が犠牲になるのを食い止めるため、やるしかない状況になってる。

今回の映画でもそうだけど、そんな時のテロの本当の首謀者って、電話一本でその実行犯を操ってる。決してその現場に姿を表すことなく、1人の実行犯を操って、たった電話一本だけで多くの犠牲者を出している。

その首謀者が狙っている相手って、その現場にいる市民や実行犯や建物でもなんでもなく、どこかの国の偉いさんだぞ?市民や実行犯なんて、テロそのものに本当は何にも関係ない赤の他人だよ。つまり、たった数人の奴らが”主上(おかみ)”で勝手に喧嘩してることの巻き添いになってる以外の何者でもないんだよな。だから腹が立つ。本当にたちが悪い。

こんな世の中なんてどうやっても信用出来るわけないよな。

これを日本の構造に置き換えると、腐った国や大企業やバカな政治家が組んで、メディアやマスコミを操作して、僕ら一般市民を操ってる。一般市民なんて、そんな腐った奴らたった数人の良いように使われてるだけ。つまり、権力者という首謀者が、マスコミやメディアという実行犯を使って、一般市民を食い物にしているというのがシンプルな構図。

でも、そもそもこれに気づいていない国民も多すぎる。周りの人を見ていて思うのは、ほとんどの人が気づいていないだろうなーと感じる。そういった事実に対してもぼくは憤りを感じている。でもここまで無関心にさせたのもこの国の権力者達の仕業でしかないだろうけど。だからどこもかしこも、この”世の中”ってものには憤りと嫌気しかない。呆れもある。

少なからず、ぼくらのような一般市民の心に影響を与えてくれるであろう映画だと思う。だから面白い。

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