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「513」ドキュメンタリーを観て

最近観た Netflixの「アンビリーバブル たった一つの真実」とか、少し前に観た話題作「僕らを見る目」。前者は実話に着想を得たドラマで、後者は実話に基づいて製作されている。個人的には後者の方が圧倒的に強い衝撃が走ったのは確かだけど、前者も嫌いではない。

どちらもドキュメンタリードラマで、想像するに世界中でこんな”おかしなこと”が蔓延しているんだろうと思いながら、実際にドラマを通して一つの事件に目を向けて見て、こんな不都合なことが起きていいもんなのかとどこにもぶつけられない怒りと憤りを感じる。

僕は恐らく家庭環境などから考察するに、比較的人を信じている方のタイプの人間だった。世の中に本当に悪い人っているのかな?とか、例えば善悪の悪の人だとしても、ちゃんと話せば善を受け入れることは出来るんじゃないか?なんて平和なことを思っていたんだけど、大人になるにつれてグレーゾーンや私利私欲、損得勘定をそれなりに沢山みてきて、それを人間の表と裏と言えばいいかわからないが、黒い部分をみて、なるほどなーと深く思わされるようになった。

アンビリーバブルの方のドラマの中で、少女がこんなことを語ってた場面があった。

ゾンビよりも人間の方が怖い。ゾンビはただ本能で人間を食べようとしてるだけだから分かりやすい。しかし人間はそうじゃない。相手の弱みに付け込みそれを利用して人や世の中を支配しようとする。一番信用できないのは人間。

ホモ・サピエンスが野生動物を追いやって、こうして世界を支配しているということは、そもそもこういった背景があったんじゃないかなって思う。

相手の裏をかくことができたり、例えばアルファベットなんかたった数十文字を並び替えるだけで多様な言語として成長させて、それを組み合わせて伝達する能力とか、面白いのは組織を構成してそこで噂話や空想の物を信仰する能力があったから現在世界の頂点?に君臨しているんだという本も読んだことがある。(ちょっとその本を語るにはこの内容ではざっくりし過ぎだけど。大まかにそういった内容を書かれた本だ。)

要するに何が言いたいかっていうと、世界ってそもそもの成り立ちがすごい矛盾してしまっているということ。地位や権力や金という虚構を持った者は不都合な真実を隠そうとする。そして真実を知る人がその者達によって力を失い消されていく。そういうことで人間の世界は循環してきてしまっていて、それで社会は成り立っている。そしてそれが無様にも地球を支配しようとしている。

こんな矛盾した醜い世界がぼくらが暮らしてる社会というやつだ。 そうすると、世渡り上手とは、そういうものを見て見ぬ振りが出来る人だということにも気づく。もしくは無関心でいられる人。自分は少し前までそんな人間だった。世の中に生かされてしまっていたということだ。

どうしようもない、憤りや苛立ちを覚えるが、奇しくもその中からアートや音楽などの作品は生まれる。そしてそれがまた素晴らしい。

どこまでも風通しの良い透き通った綺麗な世界なんてのがこの先の世の中に訪れるなんて思えないけど、自分には希望があり、なんかもう根本的に理解できたことがある。それはこの場では言いたくない。

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