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「448」とは言えビジネスだから…

って、よく言われるんだよなーまじで。 分かりやすく言えば、ぼくが作ってる服は世の中の人らがそれって綺麗事でしょ?みたいに思ってる綺麗事をそのまま本当事にしてる服だから、フィルターかかりまくった大人じゃあ理解出来ないと思っている。

そういう物を目の前にすると大概の人が自分の尺度では測れないから、何かにカテゴライズさせようとしてくる。社会の何かにカテゴライズしたがる。そういう時に出てくる言葉が「とは言えビジネスだから稼がないと」という文章だ。

まぁねぇ、、、と、ぼくは右から左へ受け流してきた。

今回はそれに対して本音を言わせてもらう。正直そんなビジネスの話なんてどうでもいい。二の次三の次四の次だ。つまらん!

ぼくが楽しみで一番重きを置いてるのは、どういう風に見せれば人を「あっ」と驚かせることができるか。「なんやこれ!?」とかそういう驚きによって、ぼくは人生を変えられたから。だからこそぼくの服もそういうものでなきゃいけない。 ぼくの服を見た人の反応が楽しみで仕方がない。

その一点だけ。その為にしかやっていない。

その為に一番その服の本質が伝わる見え方をさせたい。だからこそとあるグラフィックデザイナーさんへロゴマーク、タグ、梱包資材など、その他のアートワークとかも含めトータルのビジュアルをお願いする事にした。はじめっからビジネスの為になんか一切やっていない。そんなの後付けでしかない。

そして失敗とか成功なんてぼくの中ではもう存在しない。

ハッキリ言って服とビジュアル面が全て出来上がれば、それからは自然と成るように成る。必ず。マーケティングなんてどうだっていい。そういう尺度でぼくは見ていない。人がぼくの服を選ぶんじゃない。全く逆で、服が人を選ぶ。

そうやって自分のことを信じれないでいる人は、販売先はどうする?とか、どこでどうやって売るの?どれくらいの予算でどれくらいの売上見込みなの?とか、そう言う質問で終わる。

いやいや、もっと俺の”服”について聞いてくれ!なんでこうなの?なんでそうやって考えてるの?なんでそういう答えになったの?とか。人の物作りや思想にワクワク出来ない人が多すぎる。ホント金や地位や名誉や権力ばっか。そんなのどうでもいい。

ハッキリ言って、ぼくの服は人間の成長過程と同じで、まだこの世に産まれてない。それを初めから親のエゴでこう言う学校に行かせて、こういう会社に就職させて、こういう人生を送らせたい!なんて決めるつもりはない。

子供が自分で自分の生きたい人生を必ず歩く。ぼくはその手助けをするだけ。飯を食わせ、風呂に入れ、寝かせて、寝返りや立つのを応援する。あとはたくさん話して何を考えてるのかただ聞いたり。成長を共にするのがぼくの役目だと。(とか調子いいこと言ってるけど現実ではぼくはバツが2つも付いてるけどな)

「とは言えビジネスだからね」ってぼくに言った人への答えをまとめると、、 販路は決まってません。売り先ももちろん。金額も明確に決まってません。今後の展開も、正直想像してワクワクドキドキしてるだけで決めてなんかいない。 ハッキリ言って絶対、必ず成るように成るし、成るようにする。ただそれだけ。 以上。

とは言え、社会の奴らはそれじゃ納得しないんだよな。。。特に金融機関とか。国とか。。そういうのが一番キライ。以上。

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