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「442」政治とツイッターと世の中と

随分久しぶりの更新になった理由なんて特になくて、ある程度の思いは書ききってしまったからだと自分では思っていた。

もちろん世の中なんてモノに対して下らないって思ってるのは言うまでもなく変わっていないから、世の中、社会に対してのフラストレーションは日々募るばかりだ。

最近はちょっとツイッターをやったりしている。SNSと一切おさらばしたとか調子のいいこと言っていたけど、やっている。なんでツイッターをちょっとやってるかと言えば、少し前にあった参院選の影響もある。

自分は30代だけど、今まで政治や選挙なんてものに一切興味がなかった。 そもそもこの国の半数の有権者は投票していない。つまりそんなモノに興味がないし、国や地方が変わるなんてことを肌感覚で実感したことがなかったからだと思う。もれなくぼくはそんな中の1人だ。だって「国民の為の政治」だとか「市民の為の改革」だとか嘘ばっかりほざいてる、自分の為の政治をしてるビジネス政治家の言葉なんて一切心に響かない。

そんな中で心に響いた政治家が1人いる。誰かとは言わないが、この人はずっとここ数年位言ってることが一切ブレていない。国会でもたった1人で与党に対して批判しに行く。1人牛歩をしたり。その姿勢に嘘がないのはぼくでも分かる。そんな1人の男のお陰で政治に興味がでた。そうした男の言動や行動を、ツイッターでいつもみていた。

ツイッターとかSNSで、そうした人の直接的な声を聞いていると、改めて実感することがある。メディア(主にテレビ)という既得権益にまみれた腐ったものが、いかに信用できないか。そしてそんなメディアに出ている多くのタレントの意思のなさ。本当に呆れるばかり。彼ら彼女らの発言になんの本質もない。ぼくがタレントに自分の服を着て欲しくないのはそういう理由があるからだ。

メディアを信じている人は、この世の中には山ほどいる。その人たちはまだ「世の中や社会の中」で生きているに違いない。要するにここ数年で「社会の外」に意識を抜け出すことが出来たぼくからすると、非常に哀れなものだ。

社会や世の中がどれほど間違っているか、SNSを使ってるんだったらもっと視野を広げた方がいい。でも社会の外は、圧倒的に少数派で、顔を上げても近くに仲間は殆どいない。そりゃあ友達も減る。

”世の中(大人)ってこういうもんだから”って何も知らないで調べもしないで立ち向かわないで歯向かわないで、その一言で自分は世の中知ってます感を出し、未来ある若者の鼻をへし折ってしまう、そういう本当の意味での失敗作のダメな大人なんかにはなりたくない。

もう一つ、”世の中金だ”という意味もここへきて逆によく分かる。既得権益とか腐ったものにまみれた世の中は確かに金だけだ。バカみたいにマーケティングやビジネスを語る物作りをまるで分かってないIT系の腐った奴らにしても、殆どのメディアにしてもそう。つまり”世の中”にどっぷりと肩まで浸かった奴らの言う通り、世の中なんてものは金だけだろう。むしろそれしかない。

だからこそ逆説的に言えば”社会の外”にいかに本質があるのかがよく分かったのだ。物事はいつでも表裏一体という言葉を聞いたことがあるが、まさにその通り。嘘の反対は真実。

とまあ、こうやって久しぶりに日記を書いたのは、先日、友達のお姉ちゃんから最近日記書いてないじゃんって直接言われて、じゃあちょっと書いてみるかーという軽い気持ちで今回書いてみたけど、書き始めたらそれはまるで滝のように書きたいことが次から次へと溢れて出てきて、書いてないこの数ヶ月の間に”世の中”へのフラストレーションが溜まりまくってたことを実感した。

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