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「426」時間経過の感覚

店を閉店してからまるっと3年経った。考えてみると、店をやってた2年間よりも辞めてからの期間の方が1年も長いのに、店をやってた時の方が長く感じる。

店をやったという経験は、きっとそれだけ自分の中で大きなことだったと思えるし、当時は右も左も分からずとにかくガムシャラにやったのを覚えている。

今も同じことが言えるが、目的や目標を予め決めるのではなく、その都度その都度考えて行動していたから、行き当たりばったりだったけどなんとかやっていた。そのせいか、いつも目まぐるしく新しいことが起きて、特に新しいお客さんとの出会いが多かったから、毎日が刺激的に感じていた。すごい早かった2年だったけど、今思い返せば、それはすごい長かった2年に感じている。

これはとある人が言ってた言葉で、人間には2種類の人間がいて、 一方は”目標や目的を決めて、それに向かって生きる人” もう一方は”目の前のことをただ一生懸命に生きる人”

どっちが正しいでも間違いでもなく、当時の自分は後者だったと思う。だけど、前者を知らず、後者でいたから視野は非常に狭かったと思える。

今も変わらず後者だと言えるけど、当時とはまるで考えは違う。 なんのために目の前のことに一生懸命になるのか。そう言った根本的な理由がしっかり定まってきているからだ。じっくり時間をかける理由もしっかりあって、それですでに3年かかっているけど、圧倒的に店をやっていた頃よりは知識や物事の見解、捉え方、全てにおいて成長してると言えるし、非常に濃い3年を過ごしているけど、でも店で過ごした2年よりは感覚として圧倒的に短い。不思議な感覚だ。

どちらの感覚がどうってことじゃないけど、どんな感じ方であろうが、歳月というのは全く同じで遅いも早いもない。要するに今も変わらず刻一刻と死は向かってきている。

これから先、もっと濃い日々を過ごせるように、目の前のことに今以上に懸命に生きていきたい。

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