top of page

「399」常識

常識ってものを常に疑っていないといけないと思う。

日中に車で走っていると、小学生の下校の風景を見ることがよくある。 元気いっぱいの、結託の無い純粋な少年や少女をみて、微笑ましい光景だと思うのは、一般的な常識だとして、みんな同じ黄色い帽子を被って、同じランドセルとかいうカバンを背負い、みんな規律を守っている。

この風景をみて、明らかに昔の軍国国家の日本からきていることが容易に想像できる。天皇が絶対で、右習え右の国家。そう考えるとちょっとゾッとするのはぼくだけか?

会社にしてもそう。なんでサラリーマンにはスーツが必要なのか?電車が来てないのに遮断機が降りてるから渡っちゃいけないのか?警察は絶対?読書感想文に正解や不正解があるのはおかしく無いか?高校球児は髪を伸ばしちゃいけないの?そもそも学生が髪を染めちゃいけない理由は?

あげればキリがないほど”おかしなルール”がたくさん存在することに気づく。しかも大人になればなるほど、そのルールは”常識”という”本当は非常識な言葉”に知らないうちに当てはめられていく。大人だからこう。女だからこう。そうやって差別していたりもする。

そもそも「常識を疑え」って、確か何かスポーツブランドだとかのキャッチコピーとかに使われてたけど、それもただの綺麗事に聞こえてくる。

だって常識なんてもの、本当はこの世には存在しないんだから。社会や地位や名誉や金なんてのも本当は存在しない。この社会に存在するだけで会って、この世には実は存在しない。そういうことにどんどん気づいてきた。

偏屈なおじさんって、こうやって出来上がっていくのかもしれないな。

関連記事

すべて表示

づけづけと遠慮がない。

ウチの会社に来ている中国人実習生の一人が、今年の9月に3年の期間を終えて帰ることになる。みんな日本に来て数百万も貯めて帰る間際に母国に送金をする。とても感心するし立派だ。 というわけで送金したいという一人を連れて名古屋にある中国銀行の支店へと行った。説明はいらないと思うが中国銀行というのは、日本の中国地方の銀行ではなく、中国国内にある銀行で、その日本支店が日本国内に数店ある。名古屋はその内の一つだ

Sundayから始まる感覚

海外の習慣?文化?感覚?は、日本の感覚とは違うらしい。 と、ずいぶん前に何かで目にした。(海外と言ってもどこかすら忘れた) それは何かっていうと、日曜日が週の始まりだということ。 英語の曜日を覚える歌でも必ずSunday Monday Tuesdayという順番になっている。そういう意味だったのかと、この歳になって気づいたんだけど。 対して日本では日曜日を週末というくらいだから、週の最後だと捉えてい

Comentários


bottom of page