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「356」自分と他

少し前までのぼくは「自分は他と違うんだ」という気持ちで、物を作っていたと思うけど、結局は他と同等であり、横並びもしくはそれ以下で、何も違いなんてなかった。

ぼくがやってる。っていう意味だけでいえば、他と違ったかもしれないけど、物が、世の中に放たれた時、全く同化していたと思う。他と違うというところを見せつけるためのこともしたし、それは今思えば非常に浅はかで、恥ずかしいことに思う。

それからうまくいかなかったことも含め、そういった気持ちもあり、約2年半前に店を閉じた。

それからこの2年半は、内なる自分と向き合うことに時間を割いてきた。実際に自分と”とことん”向き合う行動を起こした人になら分かると思うけど、はじめはかなり苦痛に感じた。焦る気持ちもあるし、最初は周りが楽しそうに見えたりもした。そんなはずはないのに。

だけど少しずつ、自分の芯となる部分が見え始め、思想が芽生えて、発言や意識がまるで変わったことに、ここ1年くらいは特に自分でも気づくくらいになった。 そして今思うのは「自分が他と違ってることなんてどうでもいい」と感じるようになった。それはつまり、そもそも違うのは当然で、いちいち声を大にして言うことじゃない。という意味だ。要するに自信がない人ほど、何かを背負いたがる。何かの代名詞を付けたがる。ということ。これは絶対そう。言い切れる。断言する。

つまり少し前までの自分がそうだったから分かる。周りのそういうことにすごい気づく。そういう人は見透かせる。何度かこの日記で書いてるけど改めて、自分を大きく見せる人ほど弱い。浅はかだなと感じるのだ。

個性なんて、そんな易いこと考えてるようじゃまだまだだな。 そんなもの否が応でも出てしまうものなんだから。

自分ととことん向き合うことで、こういう強い自分を手に入れた。 自信が付いたからこそ、いちいちしょうもないことは言わなくなった。 それが ”ぼく” だ。

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