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「319」価値観というもの

人は自分の価値観の中で生きている

面白い言葉を聞いた。バットで頭をぶん殴られた経験はないし、そこまでとは言わないけれど、それくらい面白くて衝撃的な言葉を耳にした。パッと聴いてすぐに理解はできなかったけど、ジワジワとぼくの体の中に、まるで栄養の様に染み込んでいく言葉だった。

確かにそうだ。基本的に物事を考えて捉えるとき、まず第一に自分の価値観を前提にしている事に気づく。

10年くらい前、ドライブ中に寄った休憩所で何気なしにみた富士山が、ぼくの中ではものすごく衝撃的で、その感動は今でも残っている。見た場所はそれほど遠くもなく、近くもない。絶妙な距離で、何よりも富士山は、ものすごく堂々とそこに佇んでいた。その堂々とした様を鮮明に覚えている。ぼくの中での富士山は綺麗とかではなく、どっしりと、しっかりとそこに佇んでいる「勇ましさ」が印象的なのだ。

その全く同じ場所に、当時付き合っていた彼女と見に行ったけど、その彼女は全然驚いていなかった。その時の彼女のコンディション、それまでの人生、誰といつ見たか、当時の気分など、驚かなかった理由はいろいろ考えられるが、そういった感動するための要因が欠けていたのかもしれない。でもそれすらも実際何が正解かは分からない。だけど、彼女の中の富士山は、今まで知ってる富士山でしかなかっただろうと思う。

要するに、あの日、あの時間帯で、あの空気で、あの場所で、”ぼくが見たから”勇ましかったと言うことだ。それが、ぼくの中の価値観で、ぼくだけの価値観。ぼくの富士山に対しての価値観だ。

近所の汚いお好み焼きやさんが美味しいのも、ぼくの価値観。 太陽の塔を初めて見たとき何故か分からないけど鳥肌が立って、芸術の素晴らしさを思い知らされたのも、ぼくの価値観。

ぼくが今までに見て聞いて匂って触って味わってきた全てが、ぼくの価値観であって、そうやってぼくという人間が形成されてきた。人から影響されて始めた事も、ぼくがいいと思ったから始めている。

だからこそ、人は自分の価値観の中で生きている。 もしくは、人は自分の価値観の中でしか生きられない。

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