top of page

「315」人が死ぬということ

とある人が亡くなった。

”人は生まれた瞬間から死亡率100%だ”と、葬儀で和尚さん唱えていたのが印象的だった。人が死ぬということは、至極当然のことである。変えられない事実である。

もう一つの事実は、その人が亡くなったことにより、その人と繋がりを持っていたいくつもの「間」がなくなるということ。

人は人との間で生きているから「人間」であることが出来る。それはもうそういうことだから異論の余地はなくて。その間があるからこそ、だからこそ初めて「人間」でいられる。間がなければ、それはもう「人」であり、つまりホモサピエンスのホモである。「間」とは、そこで生まれる関係性のことで、その関係性があるからこそ、秩序や制限が生まれる。

今回亡くなった人とぼくとの関係が、遠かれ近かれ、確実に一つの間が亡くなった。 聞くところ今回のお通夜では700名程の参列者があったらしい。700もの間が失われた。ぼくはそれを知る由もなかったけど、実はそういう沢山の「間」を持った人だったんだな。と。

”人は死んで初めて真価が問われる”とは、まさにそういったことなのかもしれない。 先人達が残したその言葉の重みを、改めて感じることになった。

関連記事

すべて表示

づけづけと遠慮がない。

ウチの会社に来ている中国人実習生の一人が、今年の9月に3年の期間を終えて帰ることになる。みんな日本に来て数百万も貯めて帰る間際に母国に送金をする。とても感心するし立派だ。 というわけで送金したいという一人を連れて名古屋にある中国銀行の支店へと行った。説明はいらないと思うが中国銀行というのは、日本の中国地方の銀行ではなく、中国国内にある銀行で、その日本支店が日本国内に数店ある。名古屋はその内の一つだ

Sundayから始まる感覚

海外の習慣?文化?感覚?は、日本の感覚とは違うらしい。 と、ずいぶん前に何かで目にした。(海外と言ってもどこかすら忘れた) それは何かっていうと、日曜日が週の始まりだということ。 英語の曜日を覚える歌でも必ずSunday Monday Tuesdayという順番になっている。そういう意味だったのかと、この歳になって気づいたんだけど。 対して日本では日曜日を週末というくらいだから、週の最後だと捉えてい

Comments


bottom of page