top of page

「224」勉強と世界

224という数字で思い出すのは、中学1年生の時の、5教科合計のテストの点数だ。 確か期末テストかなんかの時の点数で、この合計点数は、ぼくの中学3年間を振り返ってみると、一番高かった点数だったかもしれない。そう記憶している。

まあ恥ずかしくて、誰にも見せられないような点数だった。 ちょうど、ぼくよりも頭が悪いって言われている奴がいて、そいつが230点くらいでみんなに笑われてたことも覚えてる。とてもじゃないけど、ぼくはこの点数をみんなに言えるわけもなく、ひた隠しにしていた。

当時を振り返ると、勉強を”やらされてた”に過ぎないから、やっぱり頭に入ってこなかったんだろうな。ほとんどの人がそうだったのか分からないけど、この頃は「勉強する目的」なんて明確じゃなかったし、どこの高校に行って、その先は大学に行くだの就職するだの、興味があるとか、やりたいことなんてこれぽっちも考えていなかった。

大人は、あの頃もうちょっと勉強しておけばよかったなんてよく言うけど、どうして振り返ってそう思うのか、そういった理由やなんかをもっと教えて欲しかったなぁ。そういったことを、情熱的に話してくれるような大人や先生にも出会いたかった。

仮に今、ぼくが先生だったとしたら「世界は広い」ってことを、伝えると思う。

今はネットが普及してるから分からないけど、当時、子供が主体的に見る世界なんて、ものすごく小さかった。近所の公園やゲーセンとか、せいぜい自転車で行ける距離が全てだった。もっと世界が広いことを知っていたら、もっと創造的になっただろうし、広い世界から自分を見つめることも出来た。

広い世界を知って、そこから自分をみることで、おのずと学びが必要になってくる。そうしたことを根本的に理解していたら、きっと自ら興味を持って勉強するだろうし、その質も大きなものになっていただろうと思う。

今は「外を知る」ということの意味を少しばかり理解してるから、まだまだ知らない世界をこれからどんどん知って行きたいし、たくさん学びたいと思っている。昔より断然、学ぶことが好きになった。

そう考えると、知らないことを知っていくことこそ、人生の醍醐味な気もする。

関連記事

すべて表示

づけづけと遠慮がない。

ウチの会社に来ている中国人実習生の一人が、今年の9月に3年の期間を終えて帰ることになる。みんな日本に来て数百万も貯めて帰る間際に母国に送金をする。とても感心するし立派だ。 というわけで送金したいという一人を連れて名古屋にある中国銀行の支店へと行った。説明はいらないと思うが中国銀行というのは、日本の中国地方の銀行ではなく、中国国内にある銀行で、その日本支店が日本国内に数店ある。名古屋はその内の一つだ

Sundayから始まる感覚

海外の習慣?文化?感覚?は、日本の感覚とは違うらしい。 と、ずいぶん前に何かで目にした。(海外と言ってもどこかすら忘れた) それは何かっていうと、日曜日が週の始まりだということ。 英語の曜日を覚える歌でも必ずSunday Monday Tuesdayという順番になっている。そういう意味だったのかと、この歳になって気づいたんだけど。 対して日本では日曜日を週末というくらいだから、週の最後だと捉えてい

Commenti


bottom of page