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「210」凄いという言葉

言葉ってのは、生きていく上で本当に重要な要素だなと感じる。

ぼくは「凄い」って言葉を昔はよく使ってた。例えば素晴らしい経歴を持ってる人に対してだとか、もしくはお客さんの接客中にだとか、あとは社長さんにだとか。分かりやすくいうと、持ち上げようとしているのが非常に分かりやすいと思う。

ということは、自主的に「自分が下です」と認めてしまっているようなもんだ。何が嬉しくて自分で自分の事を蔑んで(さげすんで)いたんだろうと、今ではものすごい恥ずかしくなる。とある友達ににそれを指摘されて初めて気づいたのだ。 「なんでもかんでも凄いって言い過ぎじゃないか?そんなに言うもんじゃないぞ」と。

あれ以来ほとんど使わなくなって最近思うのは、そもそも自分が上だとか下だとかで考えてるようじゃいけないと感じてる。つまり、そう考えている人は、人との関係性を測るうえで「上か下か」で考えているということだ。もちろん人生を先に生きている目上の人とかには、その部分は忘れちゃいけないけど。そうじゃなくて、社会を俯瞰的に見たとき、何が上で何が下かなんてどうだっていいことだと思う。

それに、言葉というのは、その場その場で使い方は明確にあると思う。凄いという言葉は「恐れてしまうくらいすぐれている」という意味があるから、その場合に使うことが適切だと思う。本当に凄いと思ったら言うし、そうじゃなければ言う必要はない。

だから自分が仮に相手から凄いって言われたとしても、ものすごい違和感があったりする。”いや凄くないよ。絶対思ってないな。軽いな〜。”って相手に対して思ってしまう。きっと昔のぼくのことを、友達もそう見てただろうな。

自己啓発みたいな話になってしまったけど、こうやって発する言葉の一つ一つで、自分自身は成り立っているんだということを”凄い”学んだ。

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