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「206」おじいちゃんとの会話

最近はおじいちゃんと話をすることがなぜか多い。おじいちゃんって、近所のとかじゃなくてぼくのおじいちゃんのことで。

おじいちゃんはもう直ぐ85歳で、もう高齢だ。 80歳になった時は、80代にしては結構元気だなぁって思っていたけど、この約5年間で、かなり弱ってきた。前までは畑仕事をしていたけど、体力的に辛かったり、手間ばかりかかるからってことで止めてしまった。あと毎日朝と夕方に近所をぐるっと散歩して、近所の人で集まって話してから帰ってくるのが日課だったけど、それも少なくなった。競馬に賭けるのが好きで、5kmくらい離れた競輪場へもしょっちゅう自転車で行ってたけど、それも最近はやってない。馬を見るわけじゃなくて、ただ賭け事として楽しんでるのも、賭けるお金は何百円っていう少額なのも、おじいちゃんらしかった。

そうした日課が、一つずつ減ってきているのを痛感するのと共に、持ち前の頑固さもちょっとずつ少なくなってきた。

ただ一つだけ、話をするのは結構好きだから、最近ではぼくがちょっとした話相手になっている。これと言って何を語るわけでもないけど、いろんな昔話を聞いている。

介護レベルまではいっていないけど、体も明らかに弱くなった。体のあちこちが痛いという話をよくしている。

そうやって自分自身が弱っていく中で、おじいちゃんは今、何を思ってるんだろうか勝手に考えたりする。当然「死」ということも考えているはずだけど、まだそんなに口にしてないから、きっとまだ何年かは生きてくれるだろうと感じるけど。

自分がおじいちゃんになった時それは分かるんだろう。あの時こんなこと言ってたけど、こういう心境だったんだなぁなんて思ったりするんだろうか。 今、こうしておじいちゃんとちょくちょく話してることって、実はぼくの人生にとってすごい重要なんじゃないかなって思っている。

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