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「202」車の運転

どこまでいっても変わらない人は変わらないのだろうか。仕事で車に乗ることは日常茶飯事出し、近場であろうがちょっとした買い物にも、田舎ではどこもかしこも車がないと不便で仕方ない。

ということは、都会で車を使わない人に比べて、車で事故を起こす確率は非常に高い。確率論としてそれは当然だと思う。にも関わらず、それを恐れていない人が多すぎるのが田舎だ。

何が言いたいかというと、未だに車の運転中にケータイを堂々と耳に当てて運転している人をものすごくよく目にする。1日1人や2人は必ずと言って良いほど見る。必ず事故を起こすだろうと思うし、それで万が一人を跳ねて命を奪った際、あの人たちはどう責任をとるんだろうか。猛スピードで飛ばす人もそう。そんなに荒い運転をして、恥ずかしくないのだろうか。シートベルトを何故かしない人も、自分の命が惜しくないのだろうか。ぼくにはどれも納得できない。

なんていうか、免許取立ての18歳の時は、カッコつけという意味でシートベルトをしないほうが、なんか良い感じと思ってたことは確かにあったかもしれないけど、どう考えてもバカバカしい。爆音で音楽を聞いたりも、恥ずかしい。

とある解剖学者から言わせると、人間は基本的に細胞が入れ替わって、何日か何ヶ月か経てば、極端に言えば別人になるらしいが、それでも変わらない人は変わらないらしい。例えば恋愛が分かりやすいけど、以前大好きだった人を半年後には大嫌いになってるとか、全くなんとも思ってないとか、そういう人は極論を言えば完全に別人になってるらしいのだ。

車の運転に限っては、テレビやメディアでこれほど悪質運転が騒がれているのを目の当たりにしても、全く気づかない、もしくは見ようとしていないんだろう。少し目をやってそれに気づくことが出来れば、意思も変わり、細胞レベルで変化していくはずらしいが。

とにかく少しでも早く自動運転が当たり前の世の中になったほうが、そういった人達の勝手な意思に巻き込まれることも少なくなるだろうし、穏やかにいられる気がするのはぼくだけだろうか。渋滞もなくなりそう。

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