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「166」ひょんな事。

日々生活してる中で、”ひょんな事”があると面白いなぁって思う。例えばひょんな事で久しぶりに、まさかこんな人から!的な連絡が来るとか。または、始めて知り合った人が、ぼくが知ってる人の結構な友人だったり。まさかのところで繋がっていたりするのって、面白いよな。

基本的には自分から見た世界で、つまり一人称の視点で生きているんだけど、オープンワールドのゲームのように、ぼく以外の人もそれぞれみんな、一人称の視点で生きている。だから環境や状況は違えど、みんなへ均等にというか、同時に、同じ時間が流れている。それは当然だけど。

そうした中で、ひょんな事があって人やモノが繋がってくるというのは、確かに偶然というか、必然というか、はたまた運命というか、そういった言葉がこの世界に生まれるのも、なんだか納得ができる。

例えばぼくは昨年、ある本に出会って、思想やそれまでの色んな流れがガラリと変わった経験をしている。でもそれも、その著者が、ぼくと同じスピードで流れる時間の中で書いたもので、それにたまたまぼくは出会い、さらにその人と出会った。

このひょんな事って、今思えば確かに必然というか、そういう運命だったんだと思わされるのだ。こうしたひょんな事で、昔の日本人や外国人が、神を信じるに至ったと考えれば、やっぱりそれは納得できる。もっと言えば、神を信じるとか信じないとかじゃなくて、信じざるをえないと言った方が正しいのかもしれない。

ひょんな事って、そうやって生活の中にいつもあるんだと思う。それは自分からひょんな事を探しに行っているのか、もしくは、全くいきなりやってくるアクシデント的なものかは分からないけど、生活と並行して進んで行っている事象なのだと思う。

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