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「159」プライド

最近、かなり自分自身のプライドを捨てれるようになってきている。何もすべてのプライドを捨てたわけじゃないが”必要のないプライド”というものを、できるだけ捨てている。

それってすなわち、ぼくはいろんな人といたって対等である。という本来の立ち位置に向かって行っている作業だと思っている。

反対に余分なプライドとは、”相手と何かを比べる”という行為そのものであって、それはまあ堀探っていくと自己顕示欲や承認欲求と言ったものだろう。

かつてはやはり、自分自身も大いにその自己顕示欲を発揮していたと思う。芸人をやってたりお店をやってたりしたくらいだから、承認欲求や自己顕示欲の塊だったと言える。今だって全くそれがないわけじゃないが、以前と比べ、かなりその欲求は亡くなった。

それも、”本当のものづくり”に出会ってから、その欲求達はどんどん薄れていっている。それは、ものづくりをしていく上で、そもそもなぜぼくは”もの(服)”を作ってるんだろう?と、自分自身との本気の対話を何度も繰り返すから。そうして何度も自分の内へ内へと迫っていく行為が、実はものづくりの本質かもしれない。

この本質をしれば知るほど、プライドなんてものはいかに馬鹿げたものであるかを理解し始め、反対に「泥臭い」方がカッコイイことに気づき始める。

その”泥臭さ”にだけプライドを持てばいいだけ。そう、気づいたのだ。 基本的にそれ以外は必要のないプライドだ。

だからこそ”本気”でやっている人間はカッコイイ。本気だから、周りの目なんて気にしてないし比べてもいない。それをかっこ悪いとバカにする人はその本質をわかっていないだけだと思う。

先日書いた高校野球の話、なぜだか涙するのは、この話に通ずるんだろうな。

「良いものは良い」って、こういうことだと思う。

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